アフリカの世界地図 [2006-06-30 17:09 by fumika222]
ゾウ害 [2006-06-27 16:44 by fumika222] 大ナマズ [2006-06-25 23:05 by fumika222] ダカワ流コーヒーセレモニー [2006-06-20 22:41 by fumika222] 村の家具職人 [2006-06-20 22:22 by fumika222] カランガ [2006-06-17 22:09 by fumika222] 灯油がない [2006-06-15 17:16 by fumika222] アフリカ天水稲作で一番大切なことは? [2006-06-14 16:45 by fumika222] サッカー・ワールドカップ [2006-06-12 16:36 by fumika222] 奇跡の雨 [2006-06-10 16:20 by fumika222] ダカワ村のコレラ対策 [2006-06-06 16:15 by fumika222] キャッサバの葉っぱの料理 [2006-06-05 15:58 by fumika222] むかーしむかしのダカワは・・・ [2006-06-03 15:38 by fumika222] アフリカ式萱葺きの家 [2006-06-01 20:40 by fumika222] ある日の朝食 [2006-06-01 20:32 by fumika222] ![]() とある町の小学校の壁に沢山のイラストが描かれていた。面白い学校だな、と思って見ていたら、世界地図が描かれていた。ヨーロッパ・アフリカが中心のものだ。アフリカの小学生で世界地図を見たことのある子供は非常に少ないだろう。アフリカが世界のどこに位置し、また、タンザニアという国がアフリカのどこに位置しているかを理解している人達は非常に少ない。この前、村の男の子と、しりとりならぬ、“アフリカの国をどっちが沢山知ってるか競争”をしたら、アフリカ人の彼よりも私の方が沢山の国を知っていた。 この地図は、DUNIA-KILIMO、つまり、世界の農業地図だ。この前で突っ立って見ていたら、小学生達が集まってきて、「ここら辺ではあまり農業が盛んではないんだよ」とか、「日本はここでしょ?」とか、「タンザニアはここだよ」と、色々教えてくれた。 国の概念、外国との関わりを知らずにいたら、自分がいかに大きな地球というものから生かされているのか知らずに生きていることになる。いや、それよりも知っている我々先進国の人間のほうが分かっていないのかもしれない、いや、分かっていて無視しているのだろうか。 それでも、アフリカの小学校の壁に世界地図を描くのはステキなアイディアだな、と思った。 6月下旬のある朝、いつものように農場へ向かう道に、直径30cm位のデカイ動物のふんが落ちていた。この辺に住むマサイの牛ふんじゃない。牛ふんの数倍の大きさだ。「Temboだ!」と農民が言った。 Temboとはゾウの事である。農民の話によると、ゾウはこの辺が稲作の盛んな場所である事を知っていて、雨期開けのこの時期になると毎年、わざわざコメを食べにやってくるのだそうだ。ゾウは日中も活動するが、夜中や涼しくなってからのほうが活動が盛んになる。去年、夜中に近所で自転車に乗っていた人がゾウに踏み潰されて亡くなったという事件があった。しかし、まさか我々の農場まで狙われる事になるとは思ってもいなかった。 ![]() 農場に着いたら、夜警をしていた農民達が飛んできた。アフリカでは、イネやトウモロコシなどの農場を持っていたら、夜中は見回らなくてはいけない。泥棒が作物を盗んだり、動物に荒らされたりしてしまうからだ。自分のモノは自分で守る、これがアフリカ生活の掟だ。我々の農場でも、日替わりで毎日5名の農民が農場の小屋に泊まり、夜警をしている。 彼らは口を揃えて、「昨日の夜、ゾウが農場に入ってきた!」と言った。農場の外側のイネがゾウに踏み潰されたり、食べられたりしていた。田んぼの中にデカい、フンのお土産まで残していった。 夜警農民達の話では、夜中の1時頃に農場内で何か動物が暴れるような大きな物音がした。月もでておらず視界が悪かった。「どうせイノシシだろう」と思って、音のする方向に向かってゆき、懐中電灯で照らしてみると、何と田んぼの中に、家ほどの大きなゾウが立っていた。襲われたらたまらない、と、一目散で逃げ、茂みの中に隠れていたそうだ。 アフリカゾウは狂暴だと言われる。アジアゾウは、労働力として飼育されているが、アフリカゾウはアジアゾウよりも大きく、狂暴な性格であるため、調教は不可能だ。警戒心が強く、攻撃的で“敵”を見ると突進してくる。体長が4mもあるゾウに向かってこられたら、勝ち目なんてある訳がない。 ダカワ周辺の土地は元々あまり人間が住んでいなかった。ダカワから直線距離で50km程離れたところにMIKUMIという国立公園がある。ライオン、ゾウ、キリン、シマウマ等の野生動物が保護されている。きっと、ほんの数十年ほど前までは、ダカワも沢山の野生動物が闊歩し、人間と動物達のバランスのとれた生活をしていたのだろう。そこに人口増加や一極集中化のため人間が増え、また気候の変化も伴い、野生動物の生育地は狭められ、ゾウは人間の栽培するコメやトウモロコシの畑を荒らすようになってきたのだ。隣村にはマサイ族が多く住む。以前、知り合いを訪ねた時のことだ。若いマサイさんが大きな槍の先に何か液体を塗っていた。一体何の液体なのか聞くと、最近この周辺にはよくライオンが出没する。ライオンがウシを襲うので、自分達のウシを守るためにライオンを倒さなくてはいけない。だからこうしてヤリに毒を塗っているのだ、と言った。 マラウイの農業は、カバ害に悩まされた。マラウイ湖岸の水を利用しながら細々とイネやトウモロコシを栽培している村での活動だった。初めて会ったマラウイ農民は、新卒同然の私に、「この地域の農業はカバ害が一番の問題だ。日本から来たあなたなら、私たちをカバ害から救ってくれるだろう」と言った。開いた口が塞がらなかった。結局、自衛しなくては作物は守れないが、時たま政府からハンターが派遣され、カバを仕留めにきた。殺されたカバの肉は、その場で柵状に切られ、火にあぶって燻製にし、町で売られた。おこぼれに与った農民達は、年に何度も口にすることのない肉を食べる事が出来て、とても嬉しそうだった。私も一度シマ(マラウイのウガリ)とニャマ・ヤ・ボコ(カバ肉)を食べさせてもらった。よく煮込んだカバ肉だったが、泥臭くて硬く、あまりおいしいとは思えなかった。カバ害にあったマラウイの農民もそうだったが、ゾウの被害に遭った農民達も、あきらめとも何とも言えない顔をしていた。一体、世界中のアフリカ以外の地域でこれ程害獣に悩まされるところはあるのだろうか。動物の被害を見る度に、“ここはオレ達の場所だ”、と、動物が主張しているようにも思えてしまう。 アフリカの農業は、野生動物との戦いでもあるのだ。 *上の写真はMIKUMIのゾウ、中は農場に落ちてたフン、下は荒らされた農場で落ち込んでいる農民
ダカワ村のはしっこには、ワミ川と呼ばれる川が流れている。この川の水は山から流れてきた水で、雨期には増水し、乾期には水量が減る。昔からダカワに住んでいた人達はこの川の水を生活水とし、また、魚を釣ったり氾濫原にイネやトウモロコシを植えたりして、川の水の恵みを受けながら暮らしてきた。
今でも、川と村人の生活とは切り離せない。生活用水を川の水に頼って暮らしている人もいるし、女性たちは洗濯をしたり、子供たちの遊び場となったりしている。 ワミ川では、魚が獲れる。ここで釣れた魚は、村人たちの大切なタンパク質供給源になる。たいてい、フナくらいの大きさの魚や2,30センチ程度のナマズが獲れて、生のままや、素揚げにして市場で売られている。 ある日、市場の魚売り場に人だかりができていた。ナンダナンダと覗いてみると、でかくて丸い物体が目に入った。「ナマズだよ。」と、村人は言った。 「あんた来るのが遅いよ。朝早く来れば、コイツはまだ生きていたのに」 その物体は、大ナマズの頭部だったのだ。このナマズは朝早く、ワミ川で獲れたものだという。 雨期になると川の水量が増し、魚たちの活動が盛んになる。そこを漁師が捕まえたのだ。体長は1.5メートル程あったという。あまりにも重くて、川から3人がかりで抱えて運んできたそうだ。 魚屋さんが額に汗しながら、パンガナイフやオノで身を切っている。これはかなりの肉厚だ。魚をさばくというより、解体という方が合っている。 体の部分はブツ切りにされた。しかしナマズの頭はとても硬いこおらで覆われている。ナタを思いっきり振りかざし、硬い頭部を切り分ける。頭部にもたくさん身が詰まっている。村人たちは興味深そうに、大ナマズの解体に見入っている。「このナマズはダカワの歴史に残るなあ」とか、 「これだけあれば、数ヶ月は食っていけるねえ」なんて口々に話している。 男性ばかりが解体作業を見ていた。それが終わると、男たちは方々に散っていった。かわりに女性達が集まってきた。話を聞きつけて、おばちゃんたちが早速、晩のオカズにとナベやボールを持って買いに来たのだ。大ナマズのぶつ切りは、一切れ600シリング(60円)で売られた。 *普通サイズのナマズの頭と比較。 世界のコーヒーの発祥地はエチオピアと言われている。もちろんエチオピアではコーヒーが良く飲まれている。エチオピアの南部では各家の庭にコーヒーの木が植えられており、自分の家で収穫されたコーヒー豆を乾燥させておいたものを毎日煎って、粉にして淹れるのが生活の一部に組み込まれており、それを人々は“コーヒーセレモニー”と呼んでいるのだ。 ダカワでもコーヒーを出す店がある。イスラム教徒の多いダカワでは、夕方になると村の男性達は一息ついたり、雑談をしたりするためにコーヒー屋さんに集まってくるのだ。 ある日、コーヒーの良い香りにつられて歩いてゆくと、女の子が炭でコーヒーを煎っているところだった。 「KaribuKaribu(どうぞいらっしゃい)」と、女の子は言った。 ここでコーヒーを出すのは知っていたけど、生豆から煎っていたとは思わなかった。煎りたての豆の香ばしい匂いが村に漂う。あら熱がとれた豆は、ウスとキネで叩いて粉状にする。それをきめの細かいふるいにかける。残ったものは再びウスに戻され、細かくなるまで何度も繰り返し叩き、粉にする。それを人肌程度のお湯に入れ、ぐつぐつ煮るのだ。日本のコーヒーはドリップ式だが、ここでは煮出し式だ。しばらく火にかけたら完成。 出来上がったコーヒーの上澄み液だけをすくい、オチョコのような小さなカップに注いでくれる。砂糖もミルクもなし。挽きたて、煎りたてのコーヒーは、酸味も苦味もなく、とても濃厚で、今まで飲んでいたコーヒーとは全然違う味がする。コーヒーを飲んでいたら、友人がきた。 「毎日ここでコーヒーを飲んでいるよ。夕方にコーヒーを飲まないと眠れない。」と言う。 日本じゃ、コーヒーを飲むと眠れなくなるって言われるけど、と言うと、彼は大笑いした。 「コーヒーを飲むと、体の中の悪いモノを掃除してくれる。体にとてもいいんだよ」と言った。 コーヒーでも何でも、嗜好品と呼ばれるモノは、適度に楽しむ分なら体に良いのだろう。 アフリカの村に、家具屋はない。そのかわり、家具は村の家具職人達に注文をする。全てオーダーメイドなのだ。 テーブル、ソファ、棚、机、ダカワの家具職人達は注文されたモノを何でも作ってくれる。青空の下が彼らの作業場だ。電ノコやドリルはもちろん無く、全て手作業だ。一枚板を縦に切る場合は、刃渡り1メートルもある大きなノコギリを2人が両端をそれぞれつかみ、押したり引いたりするのだ。 机をひとつオーダーする。まずは話し合いだ。「普通の机」とだけ言ったら、どんな机が仕上がるか分からないのだ。木の材質、机の形、引き出しの数等々、こちらの希望を細かく説明する。そして値段交渉。勉強机で30,000シリング(3,000円)、ベッドのような大きなものになると50,000~100,000シリング(5000~10000円)はする。それでも、良い材木を使って、しっかりと作られているので、一度買えば一生ものになる。 交渉がまとまれば前金として半額払う。出来上がったら全額支払う。仕上がるまでも何度か見に来なくてはならない。ちゃんと監督をしていないと、注文どおりじゃなかったり、後回しにされたりしてしまう。 そんな訳で、ダカワの家具職人さん達はいつも結構忙しそうなのだ。 カランガとは、ラッカセイのこと。ラッカセイは世界中で多く栽培されている豆類のひとつで、ここアフリカでもローカルでよく栽培されています。 村にはカランガ売りがいます。ローストして軽く塩味をつけたラッカセイをパックして、ざるに載せて「カランガ!カランガ!」と言いながら、村中を売り回っています。パックの大きさで値段が異なり、小は10シリング(1円)から大50シリング(5円)です。昼は小腹がすいたときや子供のおやつに、夜はビールのつまみにと、村人達にはとても重宝されています。 雨期明けのこの時期は、新ラッカセイの季節です。収穫されたばかりのラッカセイを生のままポリポリかじったり、軽く塩茹でたりしたものを村人たちはよく食べています。これも、素朴な味で、結構後をひきます。 また、ラッカセイは料理にも使われます。ラッカセイを潰し、粉状にしたものが青菜と一緒に煮込まれます。食用油が貴重なアフリカの田舎では、ラッカセイの脂肪分とタンパク質が貴重な栄養源になります。青菜と一緒に煮込むと、こってりとしたラッカセイと青菜がちょうどよく混ざり合い、まろやかでとてもおいしいオカズになります。 ![]() ある日の夕方、近所の店にランプ用の灯油を買いに行った。すると店主が、 「マフタ・ヤ・ター(灯油)ないよ」と言う。売り切れかと思い、別の店に行っても「ない」と言う。 「ダカワに今、灯油はないよ」、と。「え?どうして?」と聞くと、「モロゴロの町に売っていないんだ」と言う。 村人は電気のない生活をしているため、夜の明かりを灯油ランプに頼っている。灯油ランプは必ず一家にひとつあり、大切な家財道具として、毎日すすを取り、磨き上げる手入れは女性の役割だ。ちなみに、私がトイレットペーパーで磨いていたら、近所の人が 「わざわざ紙なんて使わなくても、こうやればきれいになるのに。」と、なんとウガリの粉を少し手に取りランプを磨き始めたらピカピカになった。これも村人の知恵だ。 村人達は、毎日その夜に使うだけの量の灯油を買う。灯油は村中の小さなお店で売られていて、買いに行くのは専ら子供たちの仕事だ。夕方になると、ジュースの空き瓶等を持った子供達が灯油を買いに行く姿があちこちで見られる。一晩に消費する灯油の量は100mlほど、150シリング(約15円)ほどだ。 しかし、この灯油の値段も最近かなり上がった。この半年で、1リットル1000シリングから1500シリングへ、50%の値上りだ。これは、タンザニアの年率30%とも言われているインフレに世界的な原油価格の高騰が拍車をかけた事が原因であろう。原油価格の高騰は、アフリカのこんな田舎にまで大きな影響を及ぼしている。 その日の夜は、停電以下の暗闇の中で料理をする気にもなれず、買ってあったバナナをウイスキーで流し込んで早々と寝た。いつも聞こえてくる村人の話し声や喧騒が聞こえない夜だった。次の日も店には灯油がなかった。2日後、ようやく村にランプの明かりが戻ってきた。 なぜ、町にも灯油がなかったのか分からないが、流通で何かしらの問題が発生したのだろう。しかしこのまま灯油の値段が上昇してゆけば、村人は灯油さえ買えない生活を余儀なくされることだろう。日が暮れた後の、ランプを囲んだ家族の団らんもなくなってしまうのだろうか。 物資、資源の不足は、経済的に弱い国から影響がでる。その国の中でも、一番弱い立場の者達に、そのしわ寄せがまわってくる。日本でもガソリンの値段が上がっているそうだが、それでも人々は車を乗りまわし、自分の欲望の為に燃料を毎日何リットルも消費する。貧しい人達のことを考えようというムーブメントで、1時間でも電力消費量を抑える行動をした人達が果たしてどれだけいただろうか。ホワイトバンドを着けた人達が冷房のガンガン効いた部屋で眠る、それが今の世界の構造だ。 この世界経済の流れだと、村人達が灯油さえ買えなくなるまでには時間の問題だ。 日々ささやかな生活をしているアフリカの村人達の、灯油50MLの夜のひと時すら許されなくなってしまうのだ。 今日は朝から少しお勉強です。今回の稲作の経験を通して、農民達に、 「では、天水稲作で、一番大切なことは何だと思う?」という質問をしました。 「レベリング」 「草抜き」 「トリ退治」等々の意見が出ました。 どの作業も大切ですが、一番大切なことは「しっかりした土手作り」なのです。 天水のみに頼る稲作をしている私たちは、降って来た雨を確実に農場内に溜めなくてはなりません。その為には、豪雨でも壊れたり、流されたりしない、大きくて丈夫な土手を作る事が必要条件なのです。降って来た雨が傾斜の高いところから低いところへと流れて行かぬよう、キャッチする事、ここが大きなポイントです。 アフリカでは、一部地域を除いて、“畑作文化”が発達しています。広くメイズ、モロコシ、イモ類が栽培されてきました。それらの作物は乾燥に強く、言い換えれば、堪水状態に弱いので、水のたまらないアップランドで栽培されているのです。しかし、稲作は逆です。なるべく水の溜まる低湿地で、降った雨を逃がさないようにしながらイネを栽培します。つまり、これまで畑作=農業と思っていた彼らにとって、発想を逆転する事は、すこし難しいようです。 農場を見れば、水を溜める事の重要さは一目瞭然です。土手の大切さを認識し、土手作りを行っていた田んぼは、雨期が明けた今でも水が溜まり、どうにか収穫までもっていけそうです。しかし、土手作りをしなかった田んぼは、降った水が全部低い所へと逃げてしまい、乾期になるとすぐに乾いて穂をつけることなく、稲の成長が止まってしまいました。後は、そのままたち枯れるのを待つだけです。 ダカワ村では、村人が水の溜まるところや、低地を探し、小規模にイネを栽培しているのがちらほら見受けられます。この田んぼもそうですが、ただ雨が降ると水が溜まる所にイネの苗を植えているだけなので、イネが一番水を必要とする稔実期に田んぼに十分な水が無く、沢山栽培しても、ほとんど収穫ができないという結果になってしまいます。水の流れをよく観察し、それをせき止めるための土手を作るだけでかなり収穫量は増えるのです。 そこで、「今日から毎日土手作り。来年沢山収穫できるように、今から準備をしておきましょう」と、師匠は言った。この前の、時期外れの雨のお陰で今は土も湿っていて、土手作りには丁度よい条件がそろっている。ここの土は乾いてしまったら、セメントの様に固くなってしまうため、シャベルやクワだけでの土手作りはとても敵わない。 その提案に、農民達は「エエー!?土手作りー?」と、不満だらけの様子。 それもそのはず、土盛りをする訳だから、力が必要だ。疲れるし、お腹もすくし、ドロだらけになる。 ぶーぶーぶーぶー文句ばっかり言ってる農民を見ていると、「トホホホ・・・」と言いたくなってしまう。そこで、師匠が「誰のシャンバ(農場)だ?自分達のシャンバだろ?」と言うと、皆黙ってしまう。 座っていたら空から食糧が降ってくるわけでもない。自分達の力で、クワ1本で進まなくはいけないのだ。 1人ひとりの力は弱いけど、農民全員で力を合わせれば、必ず達成できるはず。 そういう訳で、今日から6月のワークスケジュールは、“毎日土手作り”となりました。 *
サッカーのワールドカップが始まりましたね。
ここタンザニア、ダカワ村でもワールドカップ熱が結構熱い。試合が始まると、村に数台あるテレビの前には人だかりが出来る。 タンザニアは当然(?)ワールドカップ出場権はないのだけど、やはり皆、アフリカの国を応援する。“Africa Unite”を感じさせる。因みにアフリカからは、ガーナ、トーゴ、アイボリー・コースト、アンゴラの4ヶ国が参加している。アンゴラは初出場だ。国内はめちゃくちゃなのに、そんな力があったとは驚いた。アフリカでもサッカーの強いセネガル、ナイジェリアやカメルーン、次回の開催国である南アも参加していないのは気になるところだ。 6月12日の日本対オーストラリア戦は、こっちの時間で夕方4時からの試合だった。農場を早々と切り上げて、師匠と村唯一のテレビを置いているバーに観に行った。アフリカ人はサッカーを観るのもするのも大好きだ。ワールドカップやアフリカリーグなどの大きい試合は必ずテレビで放映され人だかりとなる。 バーに着いたら、既にハーフで、日本が1点を入れリードしているところだった。子供からマサイさん達まで沢山の人達が見ていた。バーに入ると、皆、「今日本が勝ってるよ。」と教えてくれた。 近くで見ていたマサイの友達が、「ゴールを決めたNAKAMURAはお前の親戚か?」と聞いてきたので、「kaka yangu(お兄ちゃんなの)」と冗談を言ったら、「Lo!!」と驚いて、本気にしていた。下手な事を言うもんじゃないなと少し反省。 結局、日本は後半で逆転されてしまった。いいシュートをしていたのに決まらなくて残念だった。しかし、日本人も世界の大舞台で頑張っていて、すごいなあ。私も世界の僻地でタンザニア人に負けてられんぜ、と思わされた。頑張らなくては。 師匠も私も肩を落としてすごすごとバーを後にした。道で会う人達が声を掛けてきた。 「日本は残念だったね。だけど、彼らはとてもよいプレーをしていたよ」とか、 「日本の選手は頑張っていた。ゴールのチャンスはオーストラリアよりもあった。Bahati Nbaya(Bad Luck)だったんだね」 と、口々に慰めて(?)くれた。いやいや、皆優しいのね、と思った。 逆の立場だったら私はこんなに人を慰める言葉が出てくるのだろうか、と考えた。 一緒に見ていたスタッフのPauloは、 「日本選手は、後半明らかにスタミナ不足だった。君達日本人は肉を食べないで、野菜ばっかり食べているからじゃないの?もっと肉をたべないとダメだよ」と、冗談半分で言ってきた。
あと1度、あと1度だけ雨が降ってくれれば、少しでもコメが収穫できるのに・・・。
そう、農民達は願っていた。 例年よりも遅れて始まった今雨期の雨は、例年通り5月の中旬に霧の発生と共に終わりを告げた。その後、空模様は大きく変化し、重い雨雲は消え去った。誰しもがそれを雨期の終わりと理解した。乾いた空気と照りはじめた太陽が、農場の土壌中の水分をどんどんと奪い去ってゆく。今年のコメの収穫はほとんど絶望的だ。それでも、農民達は「あと1度、1度だけ大きな雨が降ってくれれば、少しは食糧の確保ができるのに・・・」と、ため息混じりに話していた。 6月中旬のある夜、突然雨が降り出した。それも、にわか雨なんかじゃない、どしゃ降りだ。そんな雨が2日間ずっと降り続いた。あまりの大雨で、ダカワ-Turianiの未舗装道路はとうとう不通になり、Turianiは数日間、陸の孤島となってしまった。 どこから来た雨なのかは分からない。ただ、農場で、水が足りずに実る事ができず、枯れようとしていたイネ達は確実に生命力を取り戻した。6月のこんな時期に雨なんて降る事はないのだ。 “奇跡の雨だ”、と思った。 雨の日曜日、家の掃除をしていたら、誰かが訪ねてきた。どしゃ降りの中、一人の農民がずぶ濡れになって立っていた。 「農場の様子が気になって」と、朝早くから雨の中の泥道を10km離れた農場に行ってきた帰りだという。 「農場にもちゃんと雨が降っていた。よかった」と、びしょ濡れの笑顔をみせた。 熱い紅茶を用意して、飲みながら話をした。そういえば確か、彼はキリスト教徒のはずだ。日曜日の午前中に村のキリスト教徒は皆、必ず教会にお祈りに行く。 「教会には行かないの?」と聞くと、 「確かに僕はキリスト教徒だけど、キリストが神だと思っていない。神はどこにでもいるんだよ。空にも、太陽にも、食べ物にも、この家にも、農場にも、そして自分自身の中にも。いつもそう思っているから、教会に行ってキリストに祈る必要はないと思ってる。」と言った。 そうかも知れない。もしかしたら、農民達の願いが農場の神に届いたのかもしれない。 農民の願いと、奇跡の雨。 自然は裏切らないのかもしれない。
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